
毎日のように通る小道で、ふと足がとまりました。
ブティックのウインドウに飾られたカエルの置物。
そのやわらかな表情に惹かれ、その道を後にしました。
またある日、何気なくウインドウに目を向けると、いました。
よく見ると木製のようです。
まるみを帯びたフォルムにいやされ、自宅へ帰ります。
気がつけば外出の帰り道は、ウインドウのカエルさんを見ることが習慣になっていました。
足を組むように交差していたり、あるときは、足をだらりと投げ出すように座っていました。
ある日、カエルさんを自宅に迎えよう、と思いつきます。
ブティックに足を踏み入れると、白髪のマダムが笑顔で迎えてくれました。
「こんにちは。あのウインドウに飾られたカエルの置物は…」と言いかけたとき、
「あれはね、売り物じゃないの。たしかアメリカ人のデザイナーがつくったもので、昔は他の動物もあったのだけれど、今はもうこれしかなくなって、かわいいでしょ。こういうふうに手と足が動くの」とマダムのおしゃべりはとまらず、カエルさんの手足を動かして見せてくれます。
「そのカエルさん、すごく素敵なので譲っていただけませんか?」
不意に、そんな言葉を口にしていました。
自分でも驚きです。
「それほど気に入ったのなら、あなたに譲りましょう」とマダム。
信じられないような気持ちでお財布を開きます。
値段を尋ねると、40ユーロで譲っていただけるとのこと。
「あ、ごめんなさい。今30ユーロしか手元になくて」
本当に、それしか現金を持ち合わせていません。
マダムは快く受け入れてくれました。
あの日から15年。
カエルさんはパリから飛行機で海を渡り、無事日本に帰国しました。
今日も、そのやわらかな表情にいやされています。